英米の翻訳小説一辺倒だった10代、20代前半と違って、最近は読む本の幅が少しだけ広がってきたので、翻訳者で本を選ぶと言うことはほとんどなくなってしまっています。(と言っても後はフランスか、イタリアか、ラテンといったところですが。)青山南はその頃から大好きな翻訳家の一人。積極的に探したりしないけれど、本屋で「青山南 訳」の文字を見つけるとつい買ってしまう。前号では「世界は何回も消滅する」を紹介してますし、最近はアン・ビューティの「愛してる」を、これも今さらながらに読んでします。それからいくつか出ているエッセイも、ときどき本屋で見つけてはいまだに読んでます。
この本はタイトルを見て分かるように、「a national art form」と呼ばれるアメリカの短編小説の流れについて思いつくままに書いてみた、といった感じの本です。話の中心は何といっても92年にイギリス出身の女性、ティナ・ブラウンが編集長就任した以降の「ニューヨーカー」と、その前後から出版されている短編小説のアンソロジィについて。どちらからも80年代終わりから90年かけて、白人男性中心だった短編小説(あるいはアメリカ文学)の世界に女性、黒人、そしてアジア人が入り込んできている状況を、作者がおもしろく感じている様子が伺えます。アメリカの短編小説について学ぶというよりも、雑誌の1コーナーの軽い読み物といった感じです。
ちなみに続けて読んだ常盤新平の「『ニューヨーカー』の時代」では、ティナ・ブラウンのことを「化粧の濃い派手好みの女」と一蹴していて、ハロルド・ロス、ウィリアム・ショーンの時代こそが「ニューヨーカー」の最も「ニューヨーカー」らしい時代だったのだ、といわんばかりなのが興味深かったです。もちろんどちらの主張が正しいとうわけではなくて、どういう見方をするかということだけなのですが・・・・。