『ルナ・パパ』−バフティヤル・フドイナザーロフ−
現実ではあり得ないことなのに、なぜかそういったことを観ているものに対して自然なことのように納得してしまう。そんな映画が好きだ。この『ルナ・パパ』もよく考えれば(考えなくても)現実にはありえないエピソードが多いのだけど、それを素直に楽しめてしまう。そして中近東と東ヨーロッパを足して2で割ったような舞台で繰り広げられる、寓話のような世界であるけれど、そこに住む人々の慣習や態度に(誇張はあるけれど)現実感があるところが、この映画にただのおとぎ話ではない何かを与えていると思う。
『マルコヴィッチの穴』−スパイク・ジョーンズ−
いろんなところで話の内容などを見たり聞いたりして、わりと期待していたのだけれど、ちょっとがっかりでした。マルコヴィッチになって体験するのは、ヒゲを剃ったり、タクシーに乗ったりという、我々の日常と変わらない生活の断片のたった15分。でもマルコヴィッチの穴に入った人たちは、それがものすごいことだったようにはしゃぎまわっている。自分ではない誰かになるという願望、現実からの逃避願望に、人がどれほどとらわれているかと言うこと、そしてそれがどれほど滑稽なことなのか。さらにその映画を見ている私たちもある意味、映画を見るという現実逃避しているわけで。そんなメタフィクショナルな世界を作り出して欲しかった。なんか不可解な三角関係のストーリーを見せられた感じがするのは私だけでしょうか。前半の奇想天外なストーリーが後半で広がらず、妙に収まってしまう感じが納得できません。
それからどうでもいいけど、なんで夜中の2時とか4時にマルコヴィッチは芝居のリハーサルとかしているのでしょう?寝ないの?