2000年、春の電車の中。V.ウルフ「V.ウルフ短編集」、J.チーヴァー「橋の上の天使」、A.タブツキ「ダマセーノ・モンテイロの失われた首」「供述によるとペレイラは・・・」、E.ロメール「六つの本心の話」、A.シリトー「ノッティンガム物語」、A.カルペンティエル「失われた足跡」、G.マルケス「迷宮の将軍」、林望「イギリスは愉快だ」、T.ヤンソン「聴く女」・・・・、その他何冊かの雑誌、何冊かの漫画や写真集、そしてどこかで見つけたフリーペーパーをいくつか。
90年代のタブツキは「レクイエム」や「インド夜想曲」のように現実と幻想の間をさまよい歩く作風から、より現実的に、さらにいえば政治的に主題が変わってきます。この二冊は後者に分類されます。といっても例えばラテンアメリカの作家のように政治を直接小説の舞台とするのではなくて、普段私たちが過ごしている日常の中に事件があって、それが次第に政治と結びついてきて、その中で主人公の意識が変わっていくといった感じ。
ロメールは「四季の物語」シリーズや「緑の光線」、「海辺のポーリーヌ」(これが一番好き)などを撮ったフランスの映画監督。これらの小説をもとに映画になったものもあるし、映画を撮ってから小説という形に移したものもあります。ロメールの映画はもともと小説に近いものがあると思うし、ストーリーも話の“おち”を楽しむというより、登場人物の会話や、話の課程を楽しむという種類のものなので、小説という形に移しても違和感はあまりありません。単なる映画のノベライズでもないしね。ゴダールにしろトリュフォーにしろ、ヌーベルバーグの映画監督は、もともと映画評論家として文章を書いていただけに、自分の映画を題材として、もしくはその補足として文章を書きたがる傾向にあります。私は彼らが書いた本を読むのは結構好きです。
・アントニオ・タブツキの本