Let's go to a cinema 2003 (2003.1.1-2003.3.31)

「小さな中国のお針子」
監督・脚本・出演:ダイ・シージェ
音楽:メロウ
出演:ジョウ・シュン、チュン・コン、リィウ・イエ、ツォン・チーチュン ほか
製作:リズ・ファヨル
中国でロケを敢行したフランス映画ということですが、男の子2人と女の子1人という設定や3人の心のうつろいなど、まさに古き良きフランス映画を中国を舞台に置き換えたという感じです。
お針子の女の子に読ませる本がバルザックやロマン・ロラン、ルソーなどフランスの作家がほとんどでその書物によって、自由な考え方を持つようになり人生を大きく変える、なんてところはちょっとフランス人の自意識が出てる感じはします。
そんなことより何よりも山奥の村の風景がとてもきれいで、その風景の中で暮らしている3人の姿を見てるだけで、なんかいいねぇ、と思ってしまうのは、私が歳をとってしまってこういう青春を回顧したストーリーに弱くなってしまっているからなのでしょうか。
でもこのストーリーを、例えばフランスやアメリカ、日本で描いてしまうと、かなり寒くなってしまうのは確実なわけで、そういう意味でストレートな古き良きフランスの恋愛映画を撮るためには、舞台を中国やベトナムなどの地域に求めるしかないのかな、とも思います。事実ベトナムをを舞台として、中身はフランス映画、みたいな作品多いですし。
ただこの映画を見てその後に何が残るというものでもないです。だいたい昔のフランスの単純な恋愛映画だって、物語だけとったらそれほどたいしたことなかったりするわけで、それがパリを舞台としていたり、その頃のファッションなどを含めて憧れたりする部分が多かったりするじゃないですか。それをアジアに舞台を移して、しかも懐古的にしてしまうとね‥‥。
「CQ」
[new]
監督・脚本:ローマン・コッポラ
音楽:メロウ
出演:ジェレミー・デイヴィス、アンジェラ・リントヴァル、エロディ・ブシェーズ、ジェラール・ドパルデュー ほか
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラほか
予告やフライヤーでは、「バーバレラ」風なSFという雰囲気を前面に押し出していたので、渋谷で公開されたときは「今さらなぁ」という気分だったのですが、吉祥寺のバウス公開されるということでちょっと見に行ってみました。(って、2月のことですが・・・・。すっかりこの映画について書いたつもりになっていて、このあいだインデックスを変えたときに書いていないことに気がつきました)
その「バーバレラ」風なSF「ドラゴンフライ」の製作途中で、監督とプロデューサーの意見の相違から、監督がクビになり、撮影(タイトルバック?)を担当していた冴えない主人公が、プロデューサーの納得のいくエンディングを考えることを条件に監督に抜擢されます。
でも現場では「ドラゴンフライ」のヒロインにちょっとした恋心をいだいたり、妄想にふけったりしているのに対して、家では自分の告白や恋人などを撮影したプライベートな作品を作っていたりして、ストレートな60年代SF映画のパロディというわけではなくて、全体に漂ってくるのは主人公が自分のやりたいこと、撮りたい映画を模索しているという感じです。そもそもこの人は「ドラゴンフライ」のような映画を撮りたいのか、プライベートな映画を撮りたいのかよく分かりません(個人的にはそのプライベートなものもなんだかな〜という感じですが)。
やっぱり観客としては「ドラゴンフライ」のような映画は、監督が悩みながら作るんではなくて、思いこみや独断を強引に作品に結びつけていくような人に作ってもらいたいと思うのですが、そうなんでしょうか。
このほかにも1969年のパリを舞台としているだけあって、革命といったテーマも隠れていて、なにげに盛りだくさん。そういった要素をものすごくそつなくきちんと一つの作品としてまとめているという意味で、さまざまな要素のつまった娯楽作品と言えると思うし、ローマン・コッポラのうまさなのだと思うのだけれど、それらたくさんの要素を詰め込んだ分、いまいち見終わった後に「で、なに?」という気分になってしまうのも事実。 でも音楽もいいし気楽に見ていられます。
「キス★キス★バン★バン」
監督・脚本:スチュワート・サッグ
音楽:ジョン・ダンクワース
出演:ステラン・スカルスガルド、クリス・ペン、ポール・ベタニー、ピーター・ヴォーン、ジャクリーン・マッケンジー ほか
製作:ジェームズ・リチャードソン
007からとった「女はキスで殺し、男は銃で殺す」という意味の「キス★キス★バン★バン」というタイトル(ロゴもね)、リタイアした殺し屋が33年間外に出たことのない子供のような大人を子守りをしながら組織からの追っ手から逃げるというストーリー、最初にこの映画を知った時はてっきり60年代に作られたパロディ映画のリバイバルと思ってしまいました。そう思った人多くないですか?
そしてそういう風に思ってこの映画を観に来た人のほとんどはちょっと肩透かしな気分でこの映画を観ることになるでしょう。
確かに60年代っぽい設定や映像、音楽、インテリアや小物‥‥ではあるけれど、60年代の殺し屋、スパイ、探偵映画のパロディとしては、かなりスケールが小さい。まず殺し屋の組織というのがなんかせこい、メンバーもなんか間抜け。しかも主人公を追う以外での本来の殺し屋としての場面がほとんどないので、「ほんとに殺し屋組織なのかなぁ」って思ってしまいます。メンバーが間抜けなのはいいとしても、少なくとも政府の要人とかさ、(もう終わっちゃったけど)冷戦の緊張とか今だったら中東とか、はったりでもいいからそういう大風呂敷が欲しいんですけど‥‥。
実はこの映画は、60年代風なパロディ映画ではなく、そういう装いをした父と子の関係を描いた映画なのです。おおぉ!。適当です。
いやババと父親、ババと主人公のフェリックス、フェリックスと弟子のジミー、フェリックスと彼の実の父親‥‥とこの映画ではさまざまな父子(おやこ)が出てきます。そういった関係の人々とのかかわりを経て、フェリックスは自分が父親になるということを受け入れるのです。だから結末も強引なほどまるくおさまりますが、監督が描きたかったのが、60年代の映画のパロディではない、と考えると納得がいきます。
それにしても殺し屋を引退する歳になっても父親になりたくない、と意地をはるフェリックスって‥‥。実は彼が一番子供だったりしてね。
「アイリス」
監督・脚本:リチャード・エア
原作:ジョン・ベイリー
撮影:ロジャー・プラット
編集:マーティン・ウォルシュ
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ジュディ・デンチ、ジム・ブロードベント、ケイト・ウィンスレット、ヒュー・ボナヴィル、ペネロープ・ウィルソン ほか
イギリスでは有名らしい、女流小説家アイリス・マードックとの日々を、文学研究家の夫ジョン・ベイリーが回想したノンフィクションを映画化したもので、いろいろな意味で奔放で発展家だったアイリスが、普通にしゃべるのもどもりがちな奥手のジョンと結婚し、50年後にぼけていくアイリスをジョンがささえていくというストーリー。
アイリスという作家を知らないことと、ジョンの視点から物語が進むせいで、なんでアイリスがジョンを選んだのか、どういう気持ちでジョンと過ごしていたのか、といったことが分かりません。
だから若い頃は、ほかの男と寝ているアイリスを盗み見て呆然とし、歳をとったら呆けてしまったアイリスを最後まで世話するジョンがいじらしいというか、なんというか・・・・。男の私から見ているとちょっと切ない気分。多分ね、文学研究者が言葉の女神にすべてを捧げたという物語なのかもしれません。よく分かりませんが‥‥。
おまけに一瞬、これってホントにノンフィクションなんて思ったりして。だってノンフィクションじゃなかったら「若い時はたくさん遊んで、でも結婚するときはちょっとダサいと思われるような、さえない人を選んでおけば、例え自分がボケても最後まで面倒みてもらえますよ」って話になりません?あっかなりいい加減なこと書いてますね。
「ギター弾きの恋」じゃないんだからねぇ・・・・
個人的には、文学者、あるいは言葉を重んじる人が、歳をとって言葉を忘れていくという状態をどう受け入れていくのか、そんなことが描かれるんじゃないかとちょっと思っていたんですよ。でも言葉を知らなかろうが、言葉に長けてようが忘れてしまったら、苦悩もなにもないのね、というということを実感。寂しいのだけれど、妙に納得させられてしまいました。
すごく盛り上げて涙を誘うような話にもかかわらず、たんたんと、全体的に押さえた演出や、過去と現在をうまくつなぎ合わせた展開がとてもいい映画です。この監督のことは監督の趣味のよさというか品のよさを感じます。
「Sweet Sixteen」
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティ
撮影:バリー・エイクロイド
編集:ジョナサン・モリス
音楽:ジョージ・フェントン
出演:マーティン・コムストン、ウィリアム・ルアン、アンマリー・フルトン、ミッシェル・クルター、ゲイリー・マコーマック ほか
ケン・ローチの映画といえば、やはり「ケス」が有名なのだけれど、個人的には、子供が主人公というよりも失業した中年の男が、いろいろな困難にもがきながら、時には心安らぐような時も過ごすけれど、でも最後にはやはり救いのない状態から抜けだせないという映画。もちろん主人公は、ダメな失業者を演らせたらNo.1のロバート・カーライルなのだけれど、このあいだ「エスクアイヤ」を読んでいたら、「今きれる男を演じさせたら右に出るものはいない」といった紹介がされていて、しかも偶然に007なんてテレビで見たらかなり重要な「きれる」悪役を演っていてびっくり。いつのまにそんなことに!という気分です。話が逸れました。しかもロバート・カーライルが主役のケン・ローチ映画って「リフ・ラフ」ぐらいだったりして。
この作品でも「服役中の母の釈放後に姉とその息子の4人で暮らす」という子供らしい夢をもった少年が、大人たちの都合によって振り回されて、結局行き場がなくなってしまう、というストーリー。
ちょうど同じような年頃のイギリスの少年たちが、サッカーのチケットをとるために銀行強盗をしてしまう「シーズン・チケット」という映画をテレビで見たばかりだったので、その救いのない結末に呆然と突き放された感じがしてしまいました。(「シーズンチケット」では最後にユーモアのあるちょっとした救いが用意されています)
主人公が中年男性だったりすると、まぁ過去にいいことも少しはあっただろうし、行き場がない中でも自分のためのちょっとした楽しみを見つけるすべを持っているものだ、と勝手に想像してして自分を納得させたりもしますが、主人公が子供だと観終わった後かなりガーンと突き落とされてしまいます。
でもここで救いを用意したらケン・ローチの映画ではない、そういう一貫したところがあるからこそケン・ローチは信じられる映画監督なのです。
「はなればなれに」
監督・脚本:ジャン・リュック・ゴダール
原作:ドロレス・ヒッチェンズ
撮影:ラウル・クタール
編集:アニエス・ギユモ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:アンナ・カリーナ、サミー・フレイ、クロード・ブラッスール、ルイザ・コルペイン、エルネスト・メンゼル ほか
何年か前にこの作品がはじめて日本で公開された時、朝地下鉄のホームの壁にポスターが貼ってあって向かい側からじっと眺めていたものです。目がよくないせいもあって、最初は映画のポスターと知らなくて、映画なのか写真展なのかさえわからなかったけれど、ある日、女の子がアンナ・カリーナだということに気づいて、そのうち地下鉄以外でもそのポスターを見るようになったり、チラシを拾ったりして、初めてゴダールの映画ということを知りました。
その時は気がついたら上映が終わっているという感じで観ることができなかったんだけど、今回ちゃんと観てみて、多分、この映画を好きになる人って、なんにも知らないで、あのポスターを見て「いいなぁ」と思った人は絶対に好きになる映画だと思う。ある意味登場人物がカフェで踊っているあの姿がこの映画を端的に表しているように思います。
さてここで「映画にとってストーリーとは」とか「映画的なものとは」なんて論じちゃったりもしてみたいけど、まぁそういうのは映画について詳しい人にまかせておきます。
でも原作があるとは思えないような単純な、他愛もない、そしてほんと間の抜けた、ケチなチンピラのどうしようもない犯罪のストーリーにもかかわらず、またどこかの映画館で上映されていたら絶対に観に行きたい、何回も観に行きたいと思わせてしまうのは、ホント「映画のマジック」としかいいようがありません。
その場で思いついたような登場人物たちのやりとりやパリの市内と郊外を行ったり来たりする時の風景や車(そして車内)の映像、そして何よりもアンナ・カリーナの動きや仕種、格好、そしてコロコロとかわる表情を観るためにだけにぼくは映画館にこの映画を見に行くのだろう。
永遠の青春映画。
「スコルピオンの恋まじない」
監督・脚本・出演:ウディ・アレン
出演:ヘレン・ハント、シャリーズ・セロン、ダン・エイクロイド、エリザベス・バークレー、ウォーレス・ショーン ほか
製作:レッティ・アロンソン
特にどこに行く予定もないということもあり、毎年お正月には映画を観に行くのですが、今年は3日に雪が降ってしまって家でダラダラしてしまったせいもあり、4日は恵比寿でこの映画を観て代官山→渋谷と歩き回ってしまいました。
ウディアレンの最新作はいかにも小品というかプログラムピクチャーといった感じ。ストーリーの設定が1940年代で、音楽がいつものようにエリントンなどのジャズということもあり、まさに昔の映画を観ているよう。というか2003年の現在、こんな映画を作れる監督はウディ・アレンしかいないでしょうね。
最近のウディ・アレン映画って、かつての思い悩むインテリたちという影は全くなくて、ほんと吹っ切れた感じで自分の趣味的な映画を作ってますね。
主人公のブリッグスは保険会社に勤める保険調査員で、いちおうやり手だけれど、昔ながらの効率的でないやり方なため、リストラ担当で雇われた、しかも上司の愛人のフィッツジェラルドとは顔を見れば皮肉を言い合う犬猿の仲。
そんな2人がある日、催眠術ショーで実験台となり、互いに恋をする催眠に掛けられたことから、危険な罠に巻き込まれていく・・・・というお話。
まずびっくりするのがその主人公をアレンが演じてることですね。「もう歳なんだからさぁ、ちょっとは・・・・」と思うくらいはりきってます。オフィスでは現代だったらセクハラで訴えられそうなギャグ(?)を連発し、事件現場で出会う女の人に誘惑され、同僚から一目置かれる頼られる存在。基本的に「どうなのよ!」と思ってしまう映画ではありますが、それでもいいと思ってしまうのは、最近の映画が大がかりになりすぎてしまっているのと、ビデオが中心になってしまったせいで昔の映画(特にアメリカ映画)を映画館で観る機会が少なくなってしまったからかな。
できるなら次は、一作品なのに途中休憩とか入れて2本のストーリーを観ることができるみたいな名画座や二番館の雰囲気を味わえる映画を撮って欲しい。でもそれって単なるオムニバスってことになっちゃうのか!?
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