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Let's go to a cinema 2002 (2002.10.1-2002.12.31)

「アメリ」
監督:ジャン=ピエール・ジュネ
脚本:ジャン=ピエール・ジュネ、ギョーム・ロ-ラン
音楽:ヤン・ティルセン
出演:オドレイ・トトゥ、マチュー・カソヴィッツ、ヨランド・モロー、ジャメル・ドゥブーズ、イザベル・ナンティ、ドミニク・ピノン ほか


2002年の後半はホントに映画観ませんでした。一応ここって3カ月でページを割っていってるのだけれど、ここ2つしかない・・・・。まいったね。

2002年の最後に観た映画は今さらながら「アメリ」。クリスマス前の連休をわけあって急に一人で過ごすことになったので、ぴあを立ち読みしてみたら文芸座で「アメリ」と「少林サッカー」の2本立てを発見。時間的にどちらかになりそうだな、と思いつつ久し振りに池袋に行くことに。

もともとジャン=ピエール・ジュネの「デリカテッセン」という映画が好きだったこともあって、公開時に観たかったのですが、なんだかフタを開けたらものすごい人気になっていて、週末は映画館の前に長い列が!みたいな感じになっていたので、ちょっとひいてしまったんですよね。
だってうちの隣に独りで住んでいる50歳くらいのおじさんの部屋の壁にも「アメリ」のポスターが貼ってあったもの!?

なんていうことはどうでもいいのですが、実際に映画を観た感想としては、ファンタジーとしてものすごく丁寧に細かく作られていると素直に思います。
ほんとはね、「そんなんでいいのかなぁ」って思いますよ、やっぱり。相手の男の子との葛藤とかやりとりとかあまりないし、基本的にアメリの視点で物語が進んでいってしまって、それなのになぜかみんな幸せ、みたいな感じに落ち着いてしまうところが、個人的には居心地が悪いのね。

全体が小さな肯定で埋め尽くされていて、だから映画のなかには、孤独な少女期を過ごして空想ばかりが広がってしまったアメリをはじめ、孤独な余生を送るアメリの父、夫を愛人に奪われて以来30年以上も泣き暮れる未亡人など、負の部分を引きずった人たちがたくさん出てきて、そういった要素が少しずつ肯定されていくのを見ているのが、個人的にはちょっとつらい。
それはもちろんこの映画がファンタジーであることを前提あり、それは監督もその幸せがあくまで映画というフィクションの中にしかないということを語りながら、このファンタジーを作っているんだけど、そうやって肯定されると、それまで実は否定されてたってことが露わになってしまって嫌な気分になってしまうのです。「別に泣き暮れて終わる人生」も「閉じこもりがちな人生」いいんでは。

なんてこと言いつつも、この小さな幸せを重ねていく過程を見てると、ほんわかとした気分になれます。
なんか支離滅裂ですが、もうこの映画観てから1カ月も経っているのに、自分の中でいまいちまとまんなくて・・・・。
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「ディナーラッシュ」
監督:ボブ・ジラルディ
脚本:リック・ショーネシー、ブライアン・カラタ
音楽:アレクサンダー・ラサレンコ
出演:ダニー・アイエロ、エドアルド・バレリーニ、ヴィヴィアン・ウー、マイク・マッグローン、カーク・アセヴェド、サンドラ・バーンハード ほか


これも観てから、結構時間が経ってしまってるので、ちょっとメモ程度に。「ロイヤル・テネンバウムス」のときも書いて、アップされてるのを見たらかなりの分量になっていて自分でびっくりしたんですけどね。

ニューヨークのトライベッカにあるイタリアンレストランのクリスマスを控えた冬の一晩を描写したこの映画は、私にとって何十年後も鮮明に心に焼き付いていて、オールタイムフェイヴァリットという種類の映画ではないけれど、「あんな映画あったなぁ」なんてふと思い出して、ビデオを借りに行ってしまったりするようないい映画だと思う。あんまりほめ言葉になっていないような気もしますが・・・・。

舞台となる「ジジーノ」というイタリアンレストランは、実際にトライベッカにあるお店で、実はそこのオーナーがこの監督ということらしい。だから勝手知った我が家という感じで、お店の様子や料理のできる課程を、実験的とは言わないまでもいくつもの手法を用いつつ魅力的に映しています。
そしてそこに集まってくる人々も、男性が女装しているんじゃないかと思わせる風貌のスノッブな女性料理評論家や、芸術家気取りの嫌味な画廊のオーナー、どんな難問でも見事に回答を見出す天才バーテンダー、ビジネスの後釜を狙うマフィア、そして刑事など、一癖も二癖もある人たち。そこにこの店のシェフとその助手が中国系のウェイトレスを取り合っていたり、オーナーである父親との確執があったり、オーナーと殺されてしまったオーナーの元パートナーの妻とのやりとりがあったり、はたまた停電騒ぎが起きたり、なにやら騒がしい一日が描き出されていく。
もちろんそんな中で次々と作り出されていく料理も、(時には理解不能なものもあるけれど)見応えがあります。

でもそれらの出来事がメインディッシュではなく、ラスト(メインディッシュ)を引き立てるための前菜でしかないってところが、この映画のおもしろいところだと思います。スタイリッシュなレストランや料理、そして映像で観客の目をひいておいて、実際にはかなり古くさいというか、昔気質の展開が待ち受けてます。そしてこの夜に起こったすべてのことがこのラストためにあったのだと気づきます。
途中、伝統なんてクソくらえという感じで、オリジナリティーにあふれた新しいイタリアンを手がけて注目されているシェフが、父親に店のパートナーとしてくれと頼むものも拒否されているんだけど、最後のほうでパートーナーとして認められる、というシーンがあるんだけど、これを世代交代なんて考えるのは多分間違えで、観終わってみると息子のシェフもまだまだ親父の手の中なんだなぁ、って思ってしまいますね(当然観客である私も、この親父の手のひらで遊ばれていたんですけど)。
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