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「アメリカン ストーリーズ −その14−」


「ハートビート」 −キャロリン・キャサディ−
個人的には、ビート・ジェネレーションの作家たちの作品については感銘受けることはあまりありません(それでもちょこちょこ読んでます)。でも彼らについてやその周辺に関して書かれているものは大好き(書簡集なども結構好きです)という私にとっては、この本はまさにその周辺といった感じで、かなりおもしろかったです。

作者のキャロリン・キャサディは、「路上」の主人公のモデルとなったニール・キャサディの奥さん、そして後にジャック・ケルアックの恋人だった女性です。この本は、彼女の目をとおしたビート・ジェネレーションの作家たちの青春を追想した物語です。なので、わりとニール・キャサディ、ケルアック寄りの視点になっていて、アレン・ギンズバーグなどはかなり嫌な奴として登場しています。そういった個人的な感情も読んでいるほうとしては、ちょっと下世話ではあるけれど興味深いものです。彼女はこれ以外にもニール・キャサディとその周辺のビート・ジェネレーションの作家について、そして当時の彼女の生活についての本、「Off The Road」を発表しています。

日本での公開はありませんでしたが、1980年には映画化されています。ちなみに監督はジョン・バイラム(知らん)で、ニック・ノルティやデビッド・リンチらが出演しています。そして音楽はなんとジャック・ニッチェが担当。サントラが聴きた〜い。


「キマイラ」 −ジョン・バース−
ジョン・バースの本はこの「キマイラ」と「旅路の果て」、それからいまだ途中の「金曜日の本」くらいしか読んでいません。ほかにも読みたい本はあるのだけれど、それも分量が長いし、値段も高いので(一冊4000円近くしたりするものもある)もし、「読み切れなかったら」と思うとなかなか買う勇気が出ません。

1930年、メリーランドに生まれたジョン・バースは、1951年「フローティング・オペラ」で、デビュー、教職のかたわら創作活動を続けています。1973年には全米図書賞を受賞。初期の作品では、ソール・ベローや、ジョン・アップダイクらの当時の主流であった“リアリズム”に対抗する“アンチ・リアリズム”派として、モダニズム色の強い作品を発表していましたが、第3作「酔いどれ草の仲買人」あたりからメタフィクション、ポストモダニズムの中心的作家として、古典や神話など既製の物語から新たな物語を再構築したり、さまざまな文学的実験を試みた作品を発表し続けています。
それらの作品は、緻密に練られた見事な構成がされているのですが、バース自身もプロフェッショナルな読み手のために書く、と言い切っているほど、複雑でものすごく読みにくいものになっています。
「ピンチョンの作品は何度読んでも分からないが、バースの作品は注意深く、丹念に読んでいけば必ずすばらしさが分かる」なんてどっかに書いてありました。

「キマイラ」は、「ドニヤザード物語」「ペルセウス物語」「ベレロフォン物語」の中短篇3篇から成る連作長篇メタフィクションで、アラビアンナイトとギリシア神話を下敷きにしたものです。それをベースにしつつジョン・バースらしき作者が登場したり、自身の過去の作品「やぎ少年ジャイルズ」や「ハムレット」などの作品が織り込まれていきます。


「ピッツバーグの秘密の夏」 −マイケル・シェイボン−
この本を書いたときマイケル・シェイボンは、まだカリフォルニア大学アーヴィン校のライターズ・ワークショップに在籍中で、この本に対して10社が版権を争い異例の高額の前金支払われた、なんていろいろなところで盛んに紹介されていたのを覚えています。1988年のこと。当時はジェイ・マキナニーとかブレッド・イーストン・エリスといった創作科出身の新人作家が、もてはやされていた時だったので、そんなそんな言葉で紹介される新人作家が多かったように思います。翻訳が出たのが翌年の1989年なので、かなり早かったのではないでしょうか。

正直なところ当時、読んだときはそれほどの傑作なのか?と思ったものです。個人的には好きなタイプの小説ではあるけれど、大傑作というわけではないなぁというのが、正直な感想。タイトルからも分かるようにひと夏の出来事を描いた青春、恋愛小説です。ギャングの父をもつアートは彼女と別れたばかりなのだけれど、彼と新しい恋人のフロックス、ホモセクシャルの少年アーサー、アーサーの友だちのクリーブランド、そして父親の5人が中心になって話が進んでいきます。
アートは初めてアーサーに会ったときから彼に恋をしているのだが、自分ではそれを否定し続け、フロックスとの恋愛が進めて行く・・・・。基本的には自己のアイデンティティ巡るゲイ小説なのだが、最後にアートがアーサーを選ぶにもかかわらず、いわゆるゲイ小説ぽさはあまり感じられません。愛ではなく、友情をとったというような記述もあるしね。
それからこの小説には、スティーヴン・キングからチャールズ・ブコウスキー(当時は全然知らなかった)、マヌエル・プイグ、ダンテの「神曲」からの引用など、が出てきて、作者の読書好きをうかがわせます。プルーストを全巻、フランス語で読むほどの教養人らしいですし・・・・。

この後、マイケル・シェイボンは短編集「モデルワールド」、デビュー作から7年かかって2作目の「ワンダー・ボーイズ」を刊行しています。「ワンダー・ボーイズ」は、スランプに陥った作家が5年越しの大作をなかなか仕上げることができない、という作者自身がモデルとなったような話で、2000年に映画化されました。監督は「L.A.コンフィデンシャル」の監督カーティス・ハンソンで、マイケル・ダグラス、トビー・マガイア、ロバート・ダウニーJr.などが出演しています。私はちょっと観たかったけど結局未見のまま。


「ジャズ・カントリー」 −ナット・ヘントフ−
この本を読んだのは高校生の終わり頃か、浪人していた頃か忘れてしまったけれど、この人の本をまた読み返そうという気はもう起きません。多分、読み返さずにあのとき感動した気持ちを、そのままにして置いた方がいいような気がするから。まぁ「ペシャンコにされてもへこたれないぞ!」とか「ぼくらの国なんだぜ」、「この学校にいると狂っちゃうよ」といった本を今さら読み返してもねぇ。でも、もしこれを読んでいるあなたがまだ10代だったら、この本を読んでみるのもいいかもしれません。もっともこのサイトを見ている10代の人がいればの話ですが・・・・。

ストーリーとしては、高校生の主人公は、憧れのジャズ・ミュージシャンの演奏を聴きたくて毎日ダウンタウンのクラブに通っているのですが、次第に彼らと親しくなり、自分もジャズの世界で生きていくことを夢見ます。しかし黒人の音楽であるジャズの世界に、白人である自分が入っていけるのかという不安もある、といった感じだったでしょうか。アメリカにおける1950年代の人種差別と10代の若者の将来に対する夢と現実を、ジャズをとおして描いています。

作者のナット・ヘントフは、1925年ボストンで生まれ、「ダウン・ビート」誌のエディター・ライターとして活躍し、ジャズ批評家として知られるようになりますが、「ダウンビート」のメインストリーム偏重の姿勢に反発し新たに『ジャズ・レヴュー』誌を創刊します。スタイルではなくジャズの精神を重視した評論、ライナーなどを数多く書いています。最近ではウディ・アレンの「ギター弾きの恋」に出演し、主人公のエメット・レイについて解説をしていたらしいです。私はまだこの映画を観ていませんが・・・・。


「世界は何回も消滅する」 −トム・ロビンス、T.コラゲッサン・ボイル ほか−
例えば私は柴田元幸の翻訳した本も結構読んでいるとは思うのですが、これは「たまたまおもしろそうな本を見つけたら、柴田元幸氏が翻訳していた」といった感じで、別に彼のエッセイを読んだりすることはないけれど、青山南については、全部とはいかないけれど、彼が翻訳している本を見つけるとつい買ってしまうし、エッセイなどもときどき読んだりしています。

この本は1990年に出た本で、当時レイモンド・カーヴァーなど、ミニマリズムの作家の本が続けて翻訳されていたのに便乗して出版したといわれてました。ずっと欲しかった本だったのですが、その頃はトム・ロビンスもティム・オブライエン(村上春樹が訳した「ニュークリアエイジ」はまだ出てなかった)、も知らなかったし、フィリップ・ロスなどはちょっと敬遠していたし、ちょっと値段も高かったので何となく買わずにいて10年近く経ってしまい、昨年、久しぶりに古本屋で見つけて読んだという次第。T.コラゲッサン・ボイルもこの本で初めて知りました。小説のアンソロジィは、入門編として良く読んだけれど、ある程度いろいろな本を読んでから読むと、読みたかったけど本が見つからない人の短編が収録されていたりするなど、うれしい驚きがあるものです。10年前に読んでいたらバリー・ハナとかトバイアス・ウルフ(この人の翻訳は出てますね)とか読み飛ばして、忘れてしまっていたかもしれません。

どの短編も個性的で、秀逸で、これほど個性のぶつかり合いとでもいうようなアンソロジィの少ないのではないでしょうか。


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