「味オンチが読む食べ物の本をいくつか」

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そもそも私は、「食べる」ということにほとんどこだわっていないので、実はなんでも良かったりするわけで、例えば休日をひとりで過ごしているときなど、朝起きてコーヒーをいれて、小さなパンか冷蔵庫にヨーグルトなんかがあればそれを食べて、そのまま外に出かけていったりして、例によってレコード屋さんとか本屋さんなどを歩き回ったりしていると、いつの間にか3時くらいになってしまったりして、「そろそろお腹も空いてきたし、何か食べようかなぁ」なんて思いながら、でも目についた雑貨屋に入ってしまったり、カメラ片手にねこを追いかけていたりしていて、気がつけばもう5時近くなんていう有様、しょうがないので思い浮かぶ一番に近くの喫茶店でコーヒーとサンドウィッチを食べながら、その日に買った本をパラパラとめくってみたり、レコードのジャケットを眺めていたり・・・・なんてことになってしまいます。
それで、そんなときに読んでいるのが茂出木心護の「洋食や」だったり、池波正太郎の「食卓の情景」だったりすると、改めて自分の食生活の寂しさを感じてしまったりもするのだけれど、まぁひとそれぞれ、ということで、だからといって特に生活習慣を変えようなんて気はさらさらないわけです。
加えて、基本的に味オンチだったりもして、特にまずくなければたいていのものはおいしい。ついでながら味オンチというのは私が考えるに、まず食べたものの構成が分析できない。つまり例えばあるサラダにかかっているドレッシングを食べたときに、このドレッシングには○○○と○○○と○○○が入っているな、ということがわからないということ。
それから食べたものの味の記憶力がない。つまり以前どこかで食べた味を覚えていないので「これはあのときに食べた○○○に似ているなぁ」とか「どこそこで食べた○○○の味が忘れられない」なんてこともないということ。この2つに当てはまる人じゃないかと勝手に思っているのですがどうなのでしょう。
でもそんな私でも食べ物に関する本を読んでいたりすると、池波正太郎さんのように映画の試写会に行ってその帰りに天ぷら屋に寄ってちょっとお酒を飲んでさっと帰る、なんてことしたり、田中小実昌さんのようにしょっちゅう旅行に行ってはそこで捕れるおいしいものを食べながらぐてんぐてんになるまで酒を飲んでみたり、吉田健一さんのように各地のおいしいものを取り寄せては家で味わったりということにあこがれてしまうときもあるけれど、吉田健一さんもいうとおり「世の中には、大食いの美食家か、まずいものばかり食べている少食家の2種類しかない」と言われれば、当然私は後者なわけで、いつまでたってもどこかのありきたりな喫茶店のサンドウィッチをかじりながら本を読んでいるんだろうなぁ、と思います。
さてそんな食べ物について書かかれた作家の本というのは意外に多くて、それはずっと家にいて机に向かっている作家にとって、食事というものが唯一大きな楽しみだからなんじゃないかと、ちょっと邪推してみたりもしつつ、気がつけば我が家にもさまざまな食べ物に書かれた本がたまってしまったりしてます。
もともとは池波正太郎のエッセイを読むのが好きでその中でもやはり「食卓の情景」や「散歩のとき何か食べたくなって」が気に入っていたので、ほかの人の本も読んでみたのだけれど、いろいろ読んでいくうちに個人的にはやはり食べ物そのものを書いた本よりも、その人の暮らし方がわかるものや旅の様子が描かれているものが好きですね。
壇一雄の「わが百味真髄」で旅行先で作者がその土地の食材を買いまくりホテルのトイレで料理をしている場面などそのときの臨場感がものすごく出ていると思うし、前述した田中小実昌の紀行文も結局はどこに行ってもあまり変わらない飲みっぷりが良かったりします。またそれとは別に、資生堂主人の福原信三や増上寺の大僧正、道重信教など江戸時代生まれの公爵や著名人に食べ物について聞いた子母沢寛の「味覚極楽」を読んでいると、食べ物だけでなく昔の人の感覚の鋭さや生活のストイックさが伝わってきます。それから吉田健一の「私の食物誌」の中に収録されている「酒の味その他」や「酒と風土」の理屈屋ののんべいらしい、簡潔なんだかまわりぐどいのだか分からない文章がそのまま引用したいほどものすごく好き。そう最終的にはやはり食べ物というフィルターを通して書く人の生活や性格が浮き出るさまがよいのです。
どれも自分の好きな食べ物のことでしかもちゃんとした作品と違って気楽に書いているので、どの作品もいい意味で肩の力が抜けてるし、ある意味無防備とさえ言える感じで書かれているものもあったりします。
だいたい、どこのレストランのなにがおいしかったとか、あの地方のあれが絶妙だった、なんてそれだけを延々とまじめ顔で書かれたって、実際に読む人はそれを食べれるわけでもないし、それほどおもしろいわけないと思うのです。
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