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■日々の雑記 −2005年−
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「極楽人ノート」−富士正晴−
今年の一月にカシオ「EXILIM」という小さなデジカメを買ったので、普段、普通のカメラを持ち歩いていないときでも、デジカメだけは持っていって、ちょこちょこと写真と撮ったりしている。でも当初の目的だったPickwickのほうの更新はまったくできてない。ついでにデザインとかも変えてしまって、コンテンツを整理したりしてリニューアルしてしまおうかな、ともちょっと思う。基本的には、テキストファイルからテンプレートのhtmlをもとにプログラムでhtmlを生成しているので、リニューアルもそれほど難しくないはず、と思ってページを作ったのに、2000年にサイトを初めて以来、一度しかデザインを変えてないし。それならカヌー犬ブックスのほうのリニューアルを、という気持ちも・・・・。
そんなことを考えつつ、PCに画像を残しておくのももったいないので、とりあえずはてなのフォトライフにアップしてみました。風景とかはほとんど撮っていないので、たべものの写真だけ。個人的にたべものにこだわっておいしいところに食事に行ったりするほうではないので、写真を撮るようなごはんを毎日食べているわけでもなく、その辺のカフェや喫茶店のメニューばかりなんですけどね。

昼休みは、お弁当を食べて郵便局に行ってあと、たいてい近くのプロントでコーヒーを飲みながら本を読んでいる。周辺にはモスやタリーズコーヒー、ドトールといった店や普通の喫茶店もあるし、別にプロントが気に入っているわけではないけれど、12時半頃行ってもいくつか席が空いていることが多いので、なんとなく行ってしまう。別に何か食べるわけでもないしね。
半年前にそこに行きはじめた頃、コーヒーと入れたりしているときによく怒られている女の子の店員がいて、なぜかいつも怒られているので、「入ったばかりなんだろうな」とか「そんなに言わなくてもいいのになぁ」、なんて思いながら本を読んだりしてたわけです。で、まぁつい最近までそんな感じだったような気がするのだけれど、バリから帰って久しぶりにそのプロントに行ってみたら、逆にその女の子が別の子にいろいろ教えるようになっていて、「そうじゃない」「こうやるの」なんて言っててびっくり。まだ教え慣れてないんだろうけれど、イライラしてる様子が分かったりして、ちょっと「・・・・」な気分。なんだかなぁ。
だいたいそういうことは昼休みどきではなくてもっと店が空いている時にやって欲しい。
2005.10.25

「一階でも二階でもない夜―回送電車2」−堀江敏幸−
旅についての本だの交友録だのいろいろと考えたり、実際に本屋を回ってみたりしたものの、けっきょく旅行に持っていったのは堀江敏幸の本で、以前読んだ「回送電車」と「ゼラニウム」に加えて新しく「一階でも二階でもない夜―回送電車2」を買った。堀江敏幸のきれいな日本語をゆっくりと読み返してみたいと思ったのだ。
実際、旅行中は雨の日が多かったりしてホテルで過ごすことが多かったので、本ばかり読んでいたような気がする。

堀江敏幸の本のいいところは、もちろんレコードプレーヤー、トロンボーン、レモン石鹸など、ものに関する偏愛を書いたエッセイや身辺雑記ともフィクションともつかない掌編も好きなのだけれど、自身の専攻がフランス文学であるにもかかわらず、永井荷風や小沼丹、田中小実昌、島村利正・・・・など、日本の作家の名前が多く出てくるところで、特にこの本では、獅子文六の本が手に入らなくなってしまった、という文章が出てきて、飛行機の中でひとり大きくうなずいてしまった。ここでは新潮文庫から出ている「てんやわんや」や中公文庫の「海軍」「食味歳時記」「私の食べ歩き」など、文庫されていた多くの本が絶版になってしまい、獅子文六の本を読もうとしたら、昭和40年代に刊行された全集を手に入れるしかなくなってしまった。ということを書いている。
私などは、「てんわやんわ」さえも、新潮文庫で出てたし、割とどの本屋にもおいてあるからと思っていたら、いつの間にかさえも絶版になってしまって、どの本屋にも置いてないし、ブックオフなど見かけることもなくなってしまい後悔しているくちで、ついでに書くと、最近、「うさぎのミミリー」や「せきれい」など、庄野潤三の文庫化が進んでいるなぁ、と並んでいる本を横目で見ていたら、唯一欲しいと思っていた(そしてもしかしたらこの旅行に持っていこうと思っていた)「文学交友録」だけがいつのまにか絶版らしく、どの本屋に置いていないという状態になってしまっていて、くやしい思いをしていたばかり。

旅行のほうは、取り立てて書くこともない。先に書いたように雨が降ってしまったこともあるし、雨が降らない日でも、ほとんどホテルでだらだらしたり、アフタヌーンティを楽しんだりしつつ、夕方になる頃から町をふらついて、ご飯を食べて帰ってくるといった毎日。
本やレコード、雑貨などを探しまわる旅でもないし、観光地を巡るような気ははじめからなし。いや、これこそヴァカンス、なんて思いつつ、たばことコーヒー、そして本とカメラ片手のちょっと遅い夏休み。
2005.10.21

「ひとり旅は楽し」−池内紀−
旅行中に旅の本でも読もうと思って、まだアップしていない旅の本からこの本を取りだしてみたのだけれど、けっきょくそのまま読んでしまった。
ひとり旅なんてほとんどしたことのない私としては、若い頃にもっと旅行に行ったりしておけば良かったなぁと思う。若い頃は、ほんとお金なかったし、なんていいわけもできるけれど、普通に月に20枚くらいはレコード買ってたしねぇ。単に旅行に行こうと思わなかっただけなのだろう。基本的に家にいるのはいやなくせに出不精、という性格なので、近くをうろうろとしているだけで楽しかった。それは今も変わらないのだろう。だからひとり旅なんてそうそうできない今だからこそ思うのかもしれない。
でも、木山捷平や井伏鱒二のような身軽さでどこかに行けたら気分がいいだろう。映画を観た後にふと思い立って、ワンマンバスを乗り継いで伊豆とか名古屋まで行ってしまうような、田中小実昌の身軽さまでは望んでないのだが。
さて、旅行中は、皆さまにご迷惑をお掛けしますが、帰ってきたらまたコツコツと再開いたしますのでよろしくお願いします。
2005.10.14

「ああ、そうかね」−山田稔−
1996年に発表されたエッセイ集。なので、取り上げられている出来事や映画など、私の記憶にあったりして、「私もこの映画を観に行ったなぁ」とか「このとき〜してたなぁ」などと、思い出してみたり、私が読む本で、そんなことを考えながら読めるものもめずらしい。相変わらずいい感じのタイトルは、小津安二郎の映画のことを書いた文章から。

「言葉の過剰が芸を滅ぼす。それは映画・演芸だけでなく、文学の世界においても同様だ。
サイレントといういわば技術的に強いられた言葉の制約を、トーキー時代になって小津安二郎は寡黙の美学として積極的に活用した。小津の映画は比較的セリフが少ない。笠智衆の真骨頂は黙って坐っていることにある。たまにこう言うくらいだ。

『ああ、そうかね、そういうもんかね』」

私も縁側に座って、流れていく世の中の様子をぼんやりと、でもある意味しっかりと眺めながら、秋晴れの空なんて見上げて「ああ、そうかね、そういうもんかね」とつぶやいてみたいものだ、なんてことを思いつつ、まだまだそんな歳でもないか、と思い直してみたり・・・・。
2005.10.12

「第2食いしん坊」−小島政二郎−
会社の帰りにタワーレコードによってHALFBYの「Green Hour」を買う。我ながらミーハーだなと思うのですが、6月から連続リリースしていたFREDOの「SMACK!」、HANDSOMEBOY TECHNIQUEの「ADELIE LAND」とあわせて、セカンド・ロイヤルのCDを続けて買ってしまった。
コンピもRUFUSのCDも持っているので、あとSATORU ONOの「FRANKENSTEIN」(アルバム)「WAVERED IN CAMBRIDGE」(シングル)を手に入れれば、セカンド・ロイヤルのCDが全部そろってしまう。クラブ・ユース的には、CDなんてどうでも良くて12インチが主になるのだろうけれど、アナログレコードをまったく買わなくなってしまった今では、そこまで手を伸ばす気はないので、――ましてやアルバムはまだしも、12インチのシングルなんてもう一生買わないんでは、と思っているくらいなので――、CDのみだとしてもなかなかめずらしい。単にほかのインディレーベルを知らないだけか。と思ったけれど、PCを見たら、sucre→aar recordsだとか、VROOM-SOUND RECORD、カクバリズム、abcdefg*record、Coa records、DIW PHALANX、Quince Records・・・・と、意外とインディレーベルのブックマークがたくさんしてありました。あといちおう、NATURAL FOUNDATION、readymade international、minty fresh japan、カフェオレーベルなどもあり、これはただの消し忘れかも?

話をHALFBYに戻すと、前のミニアルバムから2年、リミックスなどで名前を見るたびに、「アルバムでないのか」と思っていたせいもあって、「やっと出たか」という感じです。まだ、あんまり聴いていないけれど、思っていたよりも曲にバラエティがあるのでぜんぜん飽きないだろうし、自然な流れで全体をとおして聴けるところがいい。しばらくのあいだ、我が家のヘビーローテンションになりそうではある。でも、ストレートにサバービア・スイートの影響を受けた世代らしく、昔、どこかで聴いたような、聴かないようなフレーズがサンプリングソースとして多く使われていて、ちょっと恥ずかしい気分になります。次はRUFUSのフルアルバムか!?
2005.10.6

「八方やぶれ」−富士正晴−
読んだことのない作家の本をはじめて読むときは、ちょっとドキドキする。もちろん闇雲に知らない作家の本を買っているわけではなくて、たいてい好きな作家が随筆などで言及しているのを読んだりして、その作家を知るわけだけれど、好きな作家が褒めているからといって、自分が気に入るかどうかの確証はないわけで。
中には読み始めてすぐに「!」となる作家もいるし、最初は「どうなのかなぁ?」なんて思いつつ、2、3冊読んでみたら急にはまってしまう作家もいる。それは人も同じで、初めて会ってですぐに友達になる人もいるし、何回か会っているうちに気が合うということもある、そういうこと。
富士正晴に関して言えば、たまたま古本屋で気になっていたのと、山田稔が寄稿していた「VIKING」という同人誌の会員だったということがきっかけだったので、言うなれば、山田稔という近所の人の仲介で見合いをした、という感じかな。で、第一印象は悪くないので、また何回(何冊)かデートして(読んで)みて決めたい、という感想にしておきます。

さて、来週初めくらいにトップページに告知しますが、15日から20日までバリに行ってきます。北欧、イギリスと物欲の旅が続いたので、今回はなにもせずにのんびりと過ごす予定。
バリに行くのは5年ぶりで、前の時は、出発の飛行機が8時間も遅れて、そのあいだ成田空港のなかで時間をつぶす羽目になり、結局、ホテルに着いたのが午前4時になってしまったり、ミオ犬がホテルのプールでおぼれたり、最終日に私が39度の熱を出して空港の医務室に運ばれたり・・・・いろいろありました。
とりあえず今は、旅行にどんな本を持っていくか思案中。いちおう一人の作家の本だとか、同じテーマの本をだとかをまとめて持っていこうと思っているのだけれど、なかなか決まりません。今のところ交友録か、あえて旅の紀行文にするか、それとも木山捷平か小沼丹の本を読みかえす・・・・などと、迷ってます。けっきょくは、旅行に本を持っていっても意外と読めなかったりするんですけどね。それでも本を持っていてしまうのは、旅行中にあいた空白を本で埋めようとするさもしい精神の現れか、もしくは旅行中という非日常に日常を持っていくことのパラドックスを楽しむためか、なんて大げさに考えてもしょうがない。それよりも、先週、バリで爆破テロがあって、日本人の死者も出ているというのに、そんなふうにのんびりと構えていて大丈夫なのか、無事に帰ってこれるのか、ちょっとシムパイ。
2005.10.5

「ku:nel」(Vol.16/2005.11.1)
週末は、その週に更新する本の準備におわれてしまってなかなか雑記まで手が回らない。準備といっても、タイトルや出版社など本の基本情報を打ち込むのと、表紙をスキャンしておくだけで、後は平日にコメントをつけてから更新する、という形でアップしているので、作業的にはそれほどたいへんなことではないのだが。
いや、そもそも一回に5冊しか更新しないのってどうなのよ、と自分でも思うけれど、そうそうまとめて時間をとれるわけでもないので、ずっとこの方法で、最近はだいたい週に20冊から30冊程度、月に120冊くらい更新している。そのうち買い取りが月に40冊くらいなので、毎月80冊はせどりしなくてはいけないので、毎回、今週分の本は間に合ったけれど、現状で来週アップする本はまったくない、というぎりぎりの状態が続いていて、いつも「来週、アップする本をどうしようかなぁ」という気持ちと「なかったらなかったでしょうがないじゃん」という気持ちを言ったり来たりしているという感じになってしまい、どうも精神的に良くないような気がするのは気のせい?

めずらしくそんなことを書いてみたのは、9月25日に、品川インターシティでやっていたミニミニ古本市に行ったときに、出店していた海ねこさんと「在庫どうしてます?」的な話をちょっとしたから。普通、2年以上もやってれば、倉庫とまではいかなくてもそれ用の部屋がありますよね。でもないのですよ、実際。今でも台所の片隅に大きなカラーボックスを置いてそこに本を入れてるという・・・・。
これ以上売り上げを伸ばすには、在庫をもう少し増やしていかなくてはいけないし、かといって置く場所もないし、別に倉庫用として近くの安い部屋を借りるほど売り上げはないし・・・・困ったものです。そろそろカヌー犬ブックスも過渡期に来ているのかしらん。

「ku:nel」の最新号の特集(?)は「本と料理」。期待して中身も見ずに買ったのだけれど、アリステア・マクラウドのインタビューくらいしか本のことが載ってないし、料理とあんまり関連がなくてちょっとがっかり。あいかわらず写真はきれいだが・・・・。
2005.10.3

「上海の蛍」−武田泰淳−
前に読んだ「目まいのする散歩」よかったので、武田泰淳のほかの本も読んでみたいと思っているのだけれど、私は「三国志」とか中国史について、ぜんぜん興味がないので「司馬遷」とか「十三妹(シイサンメイ)」といった本にはどうも触手がのびないし、戦時中の左翼的な人々の話もどうも苦手だ。
戦時中の上海での経験を元に書かれたこの本は、「目まいのする散歩」シリーズとして書かれたあと一編で完結する予定だったが作者の死去によって未完に終わった作品で、別の散歩シリーズとして書かれた浅草を舞台とした1編も収録されている。といっても「目まいのする散歩」とどのような類似点があるのか、そもそも散歩シリーズというのがどういう位置づけで書かれているのか、わたしにはわからない。どちらかというと、どこか江戸川乱歩の世界を思わせる戦後の浅草の怪しげな雰囲気を描写したもう一つの散歩シリーズのほうが私は好きだ。

「三国志」といえば、高校、大学時代、私の周りの男子のほとんどは、「三国志」や中国史が好きだったような気がする。それから司馬遼太郎とかね。理系の男子はなんでそういうものが好きなのだろうか?いやテレビゲームとかの人気を考えると理系に限らず、男子は「三国志」や中国史が好きなのだ、という意見もあるかもしれない。
でも、私が高校の頃は、プレイステーションとかドリームキャストなんてなかったし、そういうRPGもなかった。だから1990年代以降、RPGで「三国志」や戦国時代を舞台としたものが出てきたのは、私の世代から少し上の世代の理系の男子が、ゲームを作ろうとしたときに、自分たちの好きな題材を選んで作った結果、「三国志」になったとも考えられるような気がするのだけれど、どうだろう。その頃なんて、ゲームの内容を考える人とプログラムを組んで実際に作る人との分業がはっきりしていたとは考えられないし・・・・。
そんなことを考えていると、10代の頃、なんで自分は理系に進んだのだろうか?とつくづく思ってしまう。でもある高校の先生の言うところによると、高校の文理選択は、「文系と理系をどちらかを選択するのではありません。『理系を諦めるか否か』の問題」であり「『文転』はできても『理転』はでき」ず、「理系の学部で学んだ人間が、弁護士になることは可能です。しかし、文系の学部で学んだ人間が、科学者には絶対なれません」ということなので、数学を諦められなかった、ということか。適当。
2005.9.29

「雪まろげ」−安藤鶴夫−
「あまカラ」に「食べもののでてくる話」という題名で連載されていたものをまとめた本。「雪まろげ」とは、漢字でだと「雪丸げ」と書き、雪の小さい固まりを頃がしてだんだん大きくしてゆく遊びのことらしい。題名も食べものとあまり関係ないけれど、内容も食べものをテーマにしているわけでもなく、身辺雑記を中心に、落語家や俳優、演出家、作家などの話が収録されている。
ちなみに安藤鶴夫の本で、もう一冊意味が分からない題名「ごぶ・ゆるね」は「御無沙汰・許してね」という意味。この本に往復書簡が収録されている安藤鶴夫と斎藤磯雄のあいだだけで使われていた言葉なのだそうだ。この「雪まろげ」には、「げいしょううい」「はおりき」「おやよ」「エブ」「ひんまが」「ぐじゃばっし」・・・・など、安藤家だけで通用する言葉が紹介されている。うちにもそういう身内だけで通用する言葉があるかしらん、と思って、しばらく考えてみたけれど(「思って」から「しばらく」の間30分あまり)、なにも思い浮かばず・・・・。もしかしたら自分で気がつかないだけで、ほかの人が聞いたら「???」という言葉があるかもしれない。いやそういう言葉って、親が使う方言が変形したものや自然に造語として作られたものなど、意識しないだけで誰の家にもあるような気がします。

「雪まろげ」の季節にはまだ遠いけれど、三連休のあいだにすっかり涼しくなりましたね。半袖のパジャマで、タオルケットだけかけて寝てたらもう寒いくらい・・・・。だからというわけではないけれど、先日、渋谷のOILで長袖のシャツとコートを買いました。コートなんて買うのは何年ぶりだろう。ちょっと気が早いような気もするけれど、見つけたときに買っておかないと、いつの間にかなくなっていたりするので・・・・。単に店員さんに「ほんと似合ってますよ〜」という言葉につられただけかもしれませんが。あと、冬が来るまでにジーンズではないズボンとフレッドペリーの薄手のセーターが欲しい。
実際にコートやセーターを着るのは、まだまだ先と思っているとうちに、すぐにコートが必要な時期になってしまうのだろうなぁ。
2005.9.27

「風貌・姿勢」−井伏鱒二−
井伏鱒二が、「作品」という同人誌に参加していた頃から、機会がある度に発表していた、「知人についてのゴシップ風の短文」を集めたもの。発表された時期も昭和5年から昭和42年まで、掲載誌も「同人」から「早稲田文學」、「文藝春秋」「新潮」「日本経済新聞」「東京新聞」などと幅広い。取り上げられている知人は、太宰治、上林暁、三好達治、有島武郎、河盛好蔵、堀辰雄、小林秀雄、永井龍男・・・・など。
文士の交友録はたくさんあって、作家の性格や日常などが、違う視点から書かれていたり、作風からは想像つかない思いがけないつながりを発見したりして楽しい。特に井伏鱒二が書く交友録は、本人からしてみると「そんなこと覚えてるの?」というようなことのほんの些細なことが取り上げられていたりする。それは交友録に限らず、井伏鱒二の随筆全般に言えることかもしれないけれど・・・・。

今週末は、ASPARAGUS主催するBKTS-5というイベントとハナレグミのフリーライブに行く予定だったのだけれど、今日のハナレグミのほうは、あまり天気が良くなかったので、小金井公園まで自転車で行けず断念。話によるとかなり人が集まったみたいですね。無理しても行けば良かったかな、なんてちょっと思う。
BKTS-5は、the band apart、COMEBACK MY DAUGHTERS、lostage、Sloth Love Chunksが出演。さすがに全部は見れないので、途中から入場して、Sloth Love Chunks、COMEBACK MY DAUGHTERS、ASPARAGUSの3組だけ見た。ASPARAGUSは、PIZZAのバンドと言うことしか知らず、CDもちゃんと聴いたことなかったのだけれど、3ピースなのに音が厚くてメロディもよくて、気に入ってしまった。Sloth Love Chunksは、元ナンバー・ガールの中尾憲太郎が在籍しているバンド。中尾憲太郎のベースが爆発してました。女の子のヴォーカルもいいしね。左利きの女の子を見るとちょっとドキドキしてしまうの私だけか?バンドの入れ替え時には、BEAT CRUSADERSのヒダカトオルとカトウタロウによるツービート・クルセイダーズ(って言っていたような)によるイントロクイズとか弾き語り漫才。自分たちの歌は歌うし、ASPARAGUSのカバーはするし、実は彼らの出演時間が一番長かったのではないだろうか。
2005.9.24

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