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■日々の雑記 −2004年−
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「パリ ノ ルール」
今年はお休みやお金、その他もろもろの理由から旅行なんて行けそうにないくて、しかも次の旅行先がパリという確立は割と低いと思うんですが、本屋で見つけてつい買ってしまいました。今から割と欲しかったんですよ。
旅についての本って、たいていはその国や町を客観的に見たものと主観的に見たものに分けられて、それぞれガイドブック、地誌・紀行文なんて呼ばれているわけで、じゃこの本というと基本的にはガイドブック、でも情報の隙間に主観的なものがちょこちょこ混じっているので読むだけでもけっこうおもしろい。
いつかパリに行くときのためなんて思いつつ情報部分も含めてパラパラと流し読みしてるんですけど、ほんといつになるんでしょうねぇ。そしてもし実際にパリに行くときになったとき、ここに載っている情報はまだ生きているんでしょうか。今でもパリに行ってゲンズブールのお墓参りやゆかりの場所をまわったりする人っているのか私にはちょっと疑問ではありますが・・・・。まぁそれはいつの時代にもそういう人はいるのかな。よく分かりません。

週末は夕方から渋谷から原宿、表参道を歩いたのですが、ラフォーレやフォレットがセールだったせいもあり、ものすごい騒ぎで、なんだかそこいらじゅうがマツモトキヨシの店頭にいるみたいでびっくり。店の人のメガホンはもちろん、館内放送も頻繁にかかるし、BGMも普段の5割り増し?って感じですかね。そしてもちろん私にはぜんぜん関係なし、です。
2004.7.25

「怡吾庵酔語」−里見ク−
自分の生涯について振り返り語った本。「話し言葉で読みやすいなぁ」と思っていたら本当に里見クがしゃべった言葉を速記して文字に起こした後、自身によって赤を入れるという方法で書かれたということ。よく考えれば、里見クは1888年に生まれて1983年に亡くなっているのでこの本が出た1972年ではすでに80歳を越えてるんですよね。子供の頃、お盆などで田舎に帰ったときに縁側でお菓子かなんか食べながらおじいさんの昔話を聞いているって感じです。なんて言ったら失礼か!

ところで里見クだけに限らず、こういう回想録を読んでると、それぞれの交友関係の中で登場人物たちの年齢差がどのくらいなのかとても気になってきます。話だけ聞いているとたとえば10代の頃に出会った人に関しては5歳くらい上だともうものすごい先輩で、敬語を使ったりするけれど、30歳を過ぎてから出会った人に対しては10歳くらいの年齢差はあまり関係なく会話していたりするし、書く人によって年齢差を気にする人と気にしない人、あるいは師弟関係や尊敬する人、昔からの友達・・・・などで口調や態度が変わってくるので、いろいろな人の回想録を読んでいくとどんどん混乱してくるのです。
昔習った国語の教科書みたいに代表作が出た年代をとって大正時代の作家とか戦前の作家なんて言っても本人はその後も生きているわけだし、そのあいだにいろいろ本を出していたりするわけですよ、なので、今度、自分の好きな作家についての年表を作ってみるのもいいかも、なんて思ったりしてます。その作品が何歳の時に書かれたかということや、どういう順番で作品が発表されていったかというのも気になるし。
いやほんとにそういうこと全然知らない自分に気がつかされます。
2004.7.22

「Sugar and Spice」−蜷川実花−
最高気温39.5度、実際は気象庁の計測する気温よりも高いのでもっと暑い、私が勤めている会社の前は目の前が片側4車線の道路で、ひっきりなしに自動車が走っているので、出口を出た途端、道路の方からムッとした空気に押されてしまいます。

で、気象庁がどんな風にしているのか分からないけれど、気温を測ると言えば小学校、中学校の校庭の片隅に置いてあった百葉箱を思い出します。白い風通しの良さそうな小さな家が校庭でも一番涼しそうな場所に置かれていてその中に温度計だけがあって・・・・。
気象庁でもそんな感じで気温を測っていたらいいな、と思う。

  A:「おっ、そろそろ12時だね。今日はお昼なに食べそうかなぁ。そばとかいいねぇ」
  B:「出かける?じゃ、ご飯食べる前にグラウンドに寄って気温見て置いてくれない?」
  A:「いいよ。B、おまえ今日どうすんの?」
  B:「今日は弁当なんだよ。売店でお茶でも買ってくるか。あっA、温度計忘れんなよ」
  A:「分かってるって。行って来るよ〜」

・・・・なんてことを仕事しながら想像してみたりして。

ところで蜷川実花の写真って暑いよねぇ。
2004.7.21

「暢気眼鏡・虫のいろいろ」−尾崎一雄−
尾崎一雄の小説は私小説なので自分の経験を元にというかそのまま作品化している。この「暢気眼鏡」も、このあいだ読んだ随筆集・回想集である「苺酒」に書かれていた尾崎一雄の生涯とかなり重なっている。
もし先に「苺酒」を読んでいなかったらかなり感じ方も違っていたように思うのだけれど、少しでも知っていて読むのと、まったく知らないで読むのとどちらが良かったのかはわかりません。どちらにせよ、昔の作品よりも晩年に近い頃の随筆・回想録の方が手に入れやすそうなので、そちらから読むことになるのだろう。

三連休の三日目、一昨日、昨日と自転車で近いところで遊んでいたので、たまにはあまり行かないところに行こうと、三軒茶屋などに行ってみる。といっても下に書いてあるようにレコード屋と古本屋と雑貨屋目当てなんですけどね。でもついでに下北まで歩いたりして、リボンシトロン/リボンオレンジのグラスとかなんかちょこちょこ買っちゃったなぁ。
昔のノベルティグラスは西荻などの雑貨屋、アンティークショップで見かける度に気にはなっていたんだけれど、とりあえず眺めるだけにしていて持っているのはトリスのものぐらい。でもこれを機に何個か集めてみようかな、なんて思い始めたりしています。とりあえず雪印ミネラル牛乳のくまが欲しいかも!?
2004.7.19

「巻頭随筆IV」−文藝春秋 編−
「文藝春秋」の巻頭に連載されている随筆をまとめた本の第4弾。1980年前後のものが多く、この辺になると「最近のものだなぁ」なんて思ったりするのだけれど、もう20年以上も前なんですよね。個人的には「1960年代までが戦後で1970年代の移行期間を経て1980年代は戦後の終わり」というイメージなのですが、そんなこといったら「おまえは歴史が分かってない」と言われそう。
冷静に考えると歴史というより単に1960年代は生まれてないのでわからん、1970年代は記憶があるけれど世の中の出来事などとリンクしていない、で、1980年代はいろいろな意味できちんとした記憶・自覚があるということですかね。

先週末は天気が悪くて自転車で移動するたびに雨に降られて「本が濡れる!」なんて思っていたら、いつの間にか梅雨も明けたみたいで、でもそれほど暑さを感じないのは一日のほとんどを会社で過ごしているから、なのかよく分かりませんが、気がつけばもう金曜日。なんだか慌ただしいままに会社から帰ってきたら「サクサク」(tvk)始まってる、という毎日でした。
今週末は3連休だし、いつもみたいに古本屋とレコード屋と雑貨屋、そして喫茶店で読書といういつものコースではなく、久しぶりに夏っぽいところに行きたいな、なんて思ったりしているのですが、夏っぽいところってどこだろう?海?、山?、遊園地?、花火大会?・・・・。そういえば先日ブックオフで本を見てたら、どうしょうもないヒット曲が流れている中で、かせきの「じゃ、夏なんで」が流れてきてそのときだけブックオフの空間が変わりましたよ。私の中でだけですが・・・・。夏祭りなんてどこでやってるんだろう?あんまり騒がしくない感じの夏祭り・・・・。
2004.7.16

「彼らと愉快に過ごす 僕の好きな道具について」−片岡義男−
愛用する道具を片岡義男が自分で撮った写真とともに紹介した本。掲載されている道具はタイプライターやナイフ、ノートコーヒーカップ、紙飛行機、おもちゃ、カメラ、紅茶・・・・など幅広い。後に出た「本についての、僕の本」「絵本についての僕の本」「文房具を買いに」など同じようなやりかたでジャンルを絞った本の元となった本と言えるかもしれません。ジャンルが絞られてない分、この本の方が雑誌的で気楽に読むにはいいと思う。

ページをめくっていると「これいいかも」と思うような物もあるし、「これはいいけど自分では使えないなぁ」というもの、「これをそこまで褒めるの?」というようなものもあったりする。でもそれはそれで別にカタログとして見ているわけではないのでぜんぜん構わなくて、要するに片岡義男という人がそれらの道具とどういう風につきあっているか、どういう距離と取っているか、ということを楽しむ本だと思う。
それは万年筆の項の「使う人の、たとえば手の大きさ、筆圧のかけかた、字の癖、インクと紙の相性、文章の性格、書いていくときの速度、目の性能・・・・(中略)・・・・あげていくならいくつもあるはずのそれぞれに微妙な、おたがいに相関するあらゆる要素を、すべて考えに入れて評価すべきだろう。いい万年筆、というものは存在しない、僕にとってのいい万年筆、というものが存在するだけだ」という文章が表してるんじゃないかな。

土曜日の夜、大阪から友だちが来ていたので、一緒にClub Heavenというイベントに行って来ました。吉祥寺のDropで毎月第二土曜日にやってるパンク以降のブリティッシュロックのイベントなんですけど、7月で9周年でVol.92だそうです。私が行くのは3、4年ぶりかな?もうぜんぜん行ってなかった。
壁に昔のフライヤーが貼られていたのを見ていたら私がよく行っていたのでVol.10〜20くらいの頃でした。でもDJのメンバーは誰もかわってないし、その頃から来ていた人たちも何人か来ていたりしてちょっと懐かしい気分に。さすがに昔みたいに最後までいて、朝みんなでデニーズへというコースは辛いので2時くらいに自転車で帰ってきましたけどね。
2004.7.11

「三文紳士」−吉田健一−
戦後に文藝春秋の会社の前でゴザを敷いて入ってくる知り合いの作家に物乞いをしたというエピソードと吉田茂の息子であるという事実や「瓦礫の中」「東京の昔」に出てくるようなそれほどお金持ちではないけれど貧乏というわけではけしてないある意味有閑階級的な登場人物たちのイメージがどうも自分の中で結びつかないのではあるけれど、それこそが吉田健一のいう「乞食王子」ということになるのかもしれない。

戦後の一時期吉田健一も鎌倉に住んでいたことがあったようで、この本では少しだけその頃についてのことが書かれていたり、永井龍男などの名前も出てきた。いろいろ調べている割には鎌倉と吉田健一というまったく考えてもいなかった2つが関連していたことを知ってちょっとびっくり。でもいわゆる鎌倉文士といわれる人々との交流はあまりなかったよう。
というか吉田健一を鎌倉文士という名でくくってしまうのは違和感がある。「交友録」を書いているくらいなので多くの友人がいたのだろうけれど、私の勝手な思いこみの中では大勢の仲間とつるんだり、言い方は悪いけれど作家の派閥みたいなものを作ったりする、というのは吉田健一らしくないような気がする。

さて昨日からミオ犬が長崎に帰省しているので一週間一人暮らし。前々からこの時期に帰ることがわかっていたのでそのときは思い切ってちょっとした一人旅に出てみようなどといろいろ考えていたのだけれど、実際にこのときになってみると全然そんな余裕はないという状況になってしまいました。もっともこの暑さではどこかに旅行に行って名所や街の中を歩き回ったりする気分にもなれず、それよりも週末近所を自転車でうろつくのさえ億劫になりそうな感じです。

まだ7月というのにこんなに暑くていいんでしょうかね。暑ければ暑いで温暖化なんて言って、雨が続けば鬱陶しい毎日なんて言ったりするのだろうから勝手といえば勝手で、本当ならば暑ければ暑いなりの生活を、雨ならばそれなりの生活を送ればいいのであって、それを人間の無理やりな一つの生活に当てはめようとするから無理が出てしまうわけなのだが、そんなことを言っても生活が変わるわけでもないわけで、けっきょくこういう日にできることと言えば会社が終わったらビールでも飲みに行くか、お風呂から出たあとにアイスクリームを食べるくらいしかなく、そういう意味で適応する幅が少ないということで自分の生活の貧しさを感じたりもします。ひさしぶりに海やプールにでも行きたいね。
2004.7.9

「紙のプールで泳ぐ」−片岡義男−
1983年から1985年にかけて「ポパイ」に連載された「片岡義男のアメリカノロジー」から抜粋した本。主に40年代から60年代のアメリカについて書かれた本や写真集から片岡義男が想起される当時のアメリカ像というものについて書いてあります。
でもどこか全体的に80年代的な匂いが漂うのは単に明らかに70年代に書かれたエッセイとは異なる片岡義男の文体からくるものなのか、実際には80年代から見た40年代から60年代のアメリカを見ているという理由からなのかわかりません。

個人的には村上春樹の「THE SCRAP−懐かしの1980年代」をちょっと思い出してしまいました。といっても高校生の時に読んだきりなので内容ははっきりと覚えているわけではありませんが、「THE SCRAP」のほうのイメージとしては、この本とは逆に60年代的な視点で書いた80年代前半のメモ、といった感じかな。なんてかなり適当なこと言ってますけど・・・・。
2004.7.5

「雑談 衣食住」−永井龍男−
このところ古本屋で見かけなくなっていた永井龍男の本がいくつか並んでいたので一冊だけ購入。昭和40年代に書かれた随筆をまとめた本なのだが、最近は随筆よりも短編小説の方がおもしろいと思うようになってきたので、こういう身辺をつづったものはちょっとものたりないような気もしたりする。それは永井龍男に限らず吉田健一などもそうですね。尾崎一雄も前回は随筆を読んだけれど短編を読んでみたい。

ところでちょっと気になっているのは、永井龍男の随筆を読んでいると川端康成や小林秀雄といった鎌倉に住んでた作家の名前がよく出てきます。同じように一時期鎌倉に住んでいた山口瞳の本を読んでいても川端康成などとはかなり親しい間柄だったようなことが書いてある。でも永井龍男の本に山口瞳が出てくることはないし、山口瞳の本には永井龍男は出てこない。
加えて山口瞳は戦後の鎌倉アカデミア出身だし、鎌倉文学館の初代館長だった永井龍男も鎌倉アカデミアには関わっていたと思うのだけれど、二人に接点はなかったのだろうか?
それがどうしたというわけではないけれど、二人の本にそういう文章が出てきたらそれだけでなんとなくうれしくなっちゃうんだけどなぁ。

さて今日会社で着れるようなジャケットを買いにバーゲンでにぎわう渋谷に行って来ました。前ほどではないのだろうけれど、週末だけあってさすがにすごい人でした。それにしても今ってどの店でも7月1日からセールなんですね。「ここはデパ地下の食品街か!?」と思うくらい店員が大声を上げていてびっくりです。けっこう探しまわった割には結局合うサイズがなくてなにも買いませんでしたけどね。Sサイズのジャケットって全然ないんですよ。試しにMを着てみたら大きすぎて店員にも笑われてしまいました。
そんな感じで目的は果たせませんでいたが、渋谷ではオ・タン・ジャディスではちみつづけのジンジャーとレモンクリームのクレープを、夕飯は下北に出て野田岩でうなぎを食べ大満足!最近なんだかおいしいもの食べてますよ!
2004.7.3

「groovy book review」
ちょっした本棚のなるようなカフェに行くとたいていこの本が置いてあって、見つけるたびに気になるところを読んだりしていたので今さら読んでも新しい発見はないのだけれど、ブックオフで105円で売られていたのでつい買ってしまいました。ときどきテレビなども見ながらパラパラとめくってみるのもいいかも。
とはいっても私は珍しいからといって本を集めたりするようなコレクターでもないし、ヴィジュアル本を買い漁っているわけでもないので、ここに出てくるような本を買うことはほとんどないし、あまり欲しいとも思わなかったりします。でもページをめくっているとそういう風に本を買うというのもいいかもね、なんて血迷ってしまったり・・・・。

ほんとうはこういう本はそこに載っている本をいちいちチェックして古本屋をまわったりするのではなく、載っている人たちのコメントなどをみて「そういう本の読み方や探し方、集め方があるのね、ふんふん」てな感じでうなずいていればいいのだ。で、それだったら僕はこんな風に本を読もうという方向が決まればいいわけで、前回と同じですが、それはレコードがいっぱい紹介されている本でも同じなのではないかな。なんて言えるのは僕が歳をとったからで、20代の頃は雑誌に載っているレコードのジャケットを穴があくほど眺めて記憶してはレコード屋さんで探したりしていたので、今さらそんなこと偉そうに言えませんね。っつうか単なる広い部屋に住めないという悔しさからの負け惜しみか?

さて、このカヌー犬ブックスも2年目を迎えてるわけですが、一応一年続いたことだしちゃんとしようというわけで、警察署に行って古物商の申請を行ってきました。8月の初めまでには申請が許可されるはずなんですが、許可されなかったらどうしましょうかねぇ?
2004.6.30

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