■古本 カヌー犬ブックスは、海外文学や料理に関するエッセイ、レシピ本などの古本を取り扱っている古本ショップです。

 ホーム  当店について  ご注文  カートをみる  日々の雑記  リンク  メール

 ■古本目録
 *新着本 [9.7]
 *セール!300円の単行本 [7.21]
 *食べ物や料理、暮らしに関する本
  食べ物, 食べ物エッセイ
  飲み物, 飲み物(お酒)
  お菓子・パンなど, レシピ
  お店などの紹介, 暮らし
  インテリア・雑貨, 趣味
 *本についての本、画集など
 *イギリス・アメリカの文学
  あ行, か行, さ行, た行, な行, は行,
  ま行, や行, ら・わ行, アンソロジィ
 *ヨーロッパ文学
  あ・か行, さ・た行, な・は行,
  ま行・や行, ら・わ行, アンソロジィ
 *ラテンアメリカ文学
 *翻訳家・研究者のエッセイ
 *紀行文、ガイドなどの旅の本
  旅全般, 日本, アジア
  ヨーロッパ アメリカ
 *日本の作家を少しだけ
 *すべての在庫を見る
 *今までに売れた本
*書名・著者名検索(β版)



本の題名と著者名のみの検索となります。また複数ワードの検索はできませんので、2語以上の単語を入れても検索されません。

☆メールマガジン☆
カヌー犬ウィークエンドポスト
古本の更新情報や日々の雑記を週に一回メールマガジンでお知らせしています。購読を希望される方は こちら から。


 *Pickwick Web.
 *Little Chop Web.

■日々の雑記 −2004年−
インデックス  2007年  2006年  2005年  2004年  2003年
「東京のうまいもの−散歩のとき何か食べたくなって」−池波正太郎−
こんな本を読んだせいで週末は浅草とかのんびり歩いてみたいなぁなんて思っていたら、熱を出して寝込んでしまいました。土曜の夜に雨の中、家に帰る途中、寒気がして歯がカタカタするのでおかしいと思っていたら、39度もあって、そのまま日曜、月曜と寝込むはめに。ちょっと目が覚めても寒気はとれないし、頭はガンガン痛いしで、横になっているとふと眠っているという状態。いつ取ろうか心待ちにしていた代休を無駄にとってしまいました。しかもあとでニュースを見たら日曜はものすごく晴れていて夏日だったとか。
そしてこういうときに限ってミオ犬が長崎に帰省していたりするので、月曜の夜には、台所は洗い物でいっぱい、洗濯物はたまってる、部屋はなんだか汚い、とまさにひとり暮らし。せめてもの救いは土曜日になぜかそばとヨーグルト、フルーツセリーを買っておいたことで、それがなかったらチョコレートとクッキーしか食べるものなかったですよ。ひとり暮らしをしていたときに喘息の発作が出たときをちょっと思い出しました。

というわけで、浅草散歩はちょっとおあずけ。年が明ける前に機会を作ってちょっとふらふらしたいと思ってます。それまでにちゃんと散歩コースを考えておきます。それで満足してしまってけっきょく行けなかったりすることもあるんですけどね。
2004.12.7

「山椒魚」−井伏鱒二−
この作品の題名を初めて目にしたのは、おそらく中学くらいの国語の授業だったような気がする。でもまさか自分が読むなんてことは想像もしてなかったね。この作品に限らず井伏鱒二の作品は、10代の頃に読む本ではないような気がするな。

名作とか名著とか呼ばれている本は、当然、それ一冊だけ読んでもおもしろくて、感動したり、考えさせられたりするのだろうけれど、結局はそれは“点”でしかなくて、“線”にはならなくて、その本を起点とした縦の線(作者がどのような作家に影響を受けてきてどのような作品の変遷をたどってその作品を書き、その後の人にどのような影響を与えたのか・・・・など)と、横の線(同時代の作家にどのような人がいて、どのような考え方があって・・・・など)が繋がっていくことで、そのおもしろさが広がっていくわけで、「ロング・バケーション」だけ聴いても大滝詠一のすごさは分からないのと同じ、なんてすぐに自分の興味のあるほうに持って行きつつ、実際は音楽でも映画でも美術でも文学でもそれは変わらなくて、こんなことを書いていると、読まなくちゃいけない本がたくさんあるのに、そんな作者をたどっていって、その作者の駄作まで読まなくちゃいけないのか、なんて思われそうだけれど、それは文学がただの楽しみや趣味ではなく、教養みたいなものと結びついてしまっているから、名作と呼ばれる本を読まされることを強要されてしまうのがいけなくて、別に趣味と考えれば自分にとってつまらない本は読まなければいいだけの話であって、なんで明治以降の作家の小説が教養みたいなものになってしまったのか、それはいつからなのかよくわからないけれど、確かに言葉を覚えるという意味では「まずは本を読もう」という考えは分かるけれど、少なくともその時代ではその作品はただの新刊であって、そういった教養とは結びついていなかったはずで、よく分からないけれど、その作品が名作をしてピックアップされる段階において、意図的ななにかがあったのではないか、なんてことを考えてしまうのは私だけなのだろうか、実際、毎日のように酒を飲んでけんかをしたり、酒に溺れたり、薬に走ったり、愛人を自殺したり・・・・といった人たちの文章を普通に教養として受け入れて、それを読んでいない人はダメみたいな感じにいる世の中がなんとなくおかしくて、変な感じがするわけで・・・・

・・・・なんてことをこの「山椒魚」を読みながらぼんやりと考えていたのだけれど、考えがまとまらなかったのでそのままだらだらと書いてみた。
2004.12.3

「ku:nel」(Vol.11/2005.1.1)
まず昨日書き忘れたことから。以前、この日記で山口瞳と永井龍男の2二人に接点はなかったのだろうかということを書いた。2人は同時期に鎌倉に住んでいたようだし、お互いの文章を読んでいると川端康成など同じ人物と交流があったことが書いている。加えて山口瞳は戦後の鎌倉アカデミア出身だし、永井龍男も鎌倉アカデミアには関わっていた、といった理由からそういうことを思ったのだが、その日記を書いた後にそれを見た人からメールが来て、永井龍男の全集に添えられた冊子に山口瞳が寄稿していて、永井龍男と2度会ったことや怖い・厳しいイメージがあったといったことが書いてあるとのこと。
どちらも仕事上だったようで、個人的なつながりはなかったようだけれど、山口瞳が永井龍男について書いていたというだけで、ちょっとワクワクしたりして、全集に添えられた冊子なんて、単行本などに収録されないだろうし、手に入れることはないだろうとあきらめていました。ところが「新装版 諸君!この人生、大変なんだ」に収録されていたのです。内容はほとんどメールで教えてもらっていたので驚くようなことは書いていないけれど、やっぱりうれしい。つい何度も読み返したりしてます。

さて、「ku:nel」。先週からタワーレコードでダブルポイントキャンペーンをやっているので、せっかくなのでわざわざ渋谷のタワレコまで行って、「ku:nel」とCDを入れるビニールのケースを買って、ついでにいろいろ試聴してみました。ここずっと打ち込みものに興味があるのだけれど、ブレイクビーツとかハウスとか、エレクトロニカとかなんだかぜんぜん分からず。かといって、雑誌など調べる気もないので、ジャケ買いや店員の説明書きを読んで買ってみても、どうも「これ!」というものに出会う確率が低いので、最近はこまめにタワレコとかHMVに行って試聴したり、中古で買うときも試聴できるお店でちゃんと調べてから買うようにしているのです。
そんなわけで2階をうろうろしながらCDを眺めつつ、目に入った「日本人初のニンジャチューンからのリリース」なんて言葉にひかれてRainstick Orchestraを聴いてみる。よく分からないけど、生楽器の響きとエレクトロニクス(コンピュータ)がうまく絡んだ静かで暖かい感じの音楽。「正直言うとこういう音楽っていいんだけど、部屋の掃除しながら聴くわけにもいかないしなんとなくいつ聴いていいのかわからないんだよなぁ」なんて思いながら帯の説明と読んでみたら、「角田縛と田中直道によるユニット」って。前の会社のマックルームにいた角田君じゃないですか!びっくりです。
2004.11.30

「新装版 諸君!この人生、大変なんだ」−山口瞳−
この本も山口瞳の中ではちょっと敬遠してました。それなのにちょっと読み始めたら止まらなくなってしまった。いちいちうなずきながら読んでしまうのは、多分、これまで山口瞳の本を読んできて、彼がどんな葛藤を抱えていたのか、どんな風に自分の仕事を行ってきたのか、どんなに自分の周りの人たちを大切にしてつきあってきたのか・・・・など断片的、表面的かもしれないけれど分かってきたからで、これをはじめの頃に読んでいたらこんなに素直に受け入れられなかったのではないかと思う。単に私が歳をとって少しでも「この人生、大変なんだ」と思えるようになってきただけかもしれないけど。確かにこれを20代はじめに読んでも全然実感わかなかっただろうしね。
特にはじめに掲載されているサントリーの広告の文章は、押しつけがましくなく、嫌みでもない適度な含蓄を含んだ内容と自分の経験、そしてユーモアの味付けが絶妙で、読む人はつい納得し、うなずいてしまうのではないか。なんて思うのも・・・・。

で、話が変わりますが、週末、国立に住んでいる友達の結婚パーティがありました。その友達は、多分10年以上国立に住んでいて、週末には近くの飲み屋でDJをやったり、多分DJをやらないときもそこで酒を飲んだり、フリーの人なので昼間は街を歩いたり・・・しているのだろう。パーティもその飲み屋で行われて、その飲み屋の常連の人や奥さんが働いているTSUTAYAの仲間が出席したりしていてほんとに国立に根をおろしてるんだなぁ、という感じ。別の意味で「それでいいですか」とつっこむところ満載の人ではあるんですけどね。

いや、この人生、大変なんだよ。きっと。
2004.11.29

「かきつばた・無心状」−井伏鱒二−
「無心状」については、ちょっと前に単行本で読んだのでここにも書きましたが、ここに収録されている作品とそれほど重なっているわけではない。解説を小沼丹が書いているというだけで私にとってはうれしい。積極的に探しているわけではなかったせいもあり、なかなか手に入れない「清水町先生」を早く読みたくなりました。

その解説で言及されているように、太宰治の死について書かれた「おんなごころ」が出色。これを読んでいると、気の弱い優しい青年という太宰治像が浮かび上がってきます。30代になって太宰を読むってのもどうかと思うので、実際に作品を読むことはないと思うけど。私は高校の時に学校で「人間失格」の感想文を書かされて以来、どうも太宰治を好きになれないのだ。ほかの作品は、井伏鱒二らしく飄々とした雰囲気の随筆なのかフィクションなのかよくつかめない作品が並んでます。戦争時の、しかも従軍の話でさえ、どこかユーモアが漂っているところがこの人のすごいところ、というか持って生まれた人柄なのか。わかりませんが・・・・。
2004.11.26

「阿佐ヶ谷日記」−外村繁−
昭和32年末に上顎腫瘍が発見され癌と診断され、昭和35年には妻てい子が乳癌の手術を受けるという夫婦そろって癌におかされてしまう状況で、庭の自然の移ろいや、前妻との五人の子供達のこと、老いた母のことなどを綴った日記。昭和35年9月から昭和36年7月まで週一回、「化学時評」に連載された。
外村繁は昭和36年7月28日永眠なので、死の直前まで執筆が続き、しかも日記の最後の日付である昭和36年7月6日には、その回分だけは末尾に(つづく)とカッコ書きされているのがなんだか痛ましい。この号の後、「暫く休みたい」という連絡があったとのこと。またてい子は、夫を追うようにしてその4ヵ月後の11月26日に亡くなっている。

外村繁が「阿佐ヶ谷日記」という本を出していることを知ったときは、こんな本だとはぜんぜん思っていなくて、井伏鱒二の「荻窪風土記」のような、阿佐ヶ谷文士の交友録、回想録みたいなものが中心に描かれていると思ってました。これはこれで興味深いけれど、先の「ペンの散歩」と同じく、さすがにこういう心境に共感するという気持ちには、まだまだなっていない。20年後、30年後に読んだらまた違う気持ちになれるのかもしれない。その頃までこの本を持ち続けているかどうかは不明ですけどね・・・・。

まだまだ勉強不足で著作を1冊も読んでいない人ももちろんたくさんいるけれど、なんとなく出てくる作家が分かるようになってきたせいで、最近、少しずつ作家の回想録を読むのが楽しくなってきた。交友録に出てくる人というのは、基本的には大きく分けて師弟関係の人、同人誌仲間、同じ学校に通っていた人の3つになると思う。そしてなにかある度に酒を飲んだり、議論を戦わせたり、愚痴を言ったりしている。
そうした行き来や交流に関しては、良い面も悪い面もあるだろうけれど、同人誌仲間の作品を直接読んで同じ誌面に載せるというや、師匠の作家のそばにいてその人を直接見ることで、それぞれが切磋琢磨されていったのだろう。仲間であると同時にライバルでもあっただろうし。
2004.11.25

「ペンの散歩」−尾崎一雄−
昭和50年から52年にかけて書かれた下曽我での身辺雑記。
私は小学校から大学まで二宮に住んでいたので、ここで書かれている土地とは近いのだけれど、行ったことはない。曽我といえば梅林が有名だけれど、若いときはそんなものには興味ないし(今でもないけど)、作家にまつわる場所を巡るような趣味もない。でも高校の時、図書委員だったのだが、平塚−大磯−二宮−小田原に関係の深い文学者の旧家や記念碑、お墓などを取材して、神奈川新聞に連載したことがあったっけ。ぜんぜん興味がなくてほとんど書かなかったし、どこに行ったのかも忘れたけど・・・・。

話をちょっと戻すと、私が小学校に入ったのは昭和51年なので、二宮に行ったばかりの頃にこれが書かれていたと思うと、ちょっと感慨深い。今もそれほど発展しているというわけではないけど、その頃の二宮はほんと田舎で、道も近くのトンネルも舗装されていなくて、家もまだそんなになくて、古い農家が散在していたり、道からちょっと入ったところには普通に牛が飼育されていたり、田圃が広がっていたりしていて、横に小さな川が流れているような砂利道を歩いて学校へ行ってました。さすがに普通の教室としては使われていなかったけれど、木造の校舎がまだありましたね。いや、横浜から引っ越してきた私としては、ホント「なんて田舎に来ちゃったんだ」と思ったものです。
そんな風景が思い浮かんできたりしつつ、そういえば、箱根、曽我と偶然にも神奈川の西のほうが続いたな、なんて気がついたり。書くと長くなってしまうので書きませんが、神奈川も狭いのにそれぞれの土地の文化圏が違うし、ある意味政治的な思わくがあったりするので、なかなか難しいわけです。
2004.11.23

「箱根山」−獅子文六−
箱根の山を巡って道路や鉄道、バスなどの交通手段、旅館など観光客を目あてにした勢力争いを描いた、朝日新聞に連載され、後に川島雄三監督によって映画化された小説。はじめのシーンから大臣による反目しあう2つの会社の公聴会など、どこか緊張感を与えつつ、でもそういった争いの愚かさ、おかしさが随所に出てます。獅子文六のいかにも新聞小説、いかにも映画の原作(実際は小説があって映画化という順だけれど)といった感じがわりと好きだったりする。

さて、私の中では古本祭りが終わった11月に、代休を取って平日の神保町を散歩する、というのが定番になりつつあって、今年も先週の金曜日に代休を取ったので、さっそく神保町へ、と思ったのだけれど、あいにくの雨ふり。しかたがないので一日延期して土曜日に神保町を歩いてみました。
とはいうものの相変わらず古本屋ばかりで特に変わったことをしているわけでもなくて、たまにはスヰートポーツで水餃子でも、なんて思いつつも店の前の行列を見てあきらめて、適当な喫茶店でサンドウィッチを食べたりして。でもたまに神保町の古本屋に行くと、買えるかどうかは別として、普段見かけないような本が並んでいたりして楽しい。

帰りは渋谷に出て、こちらも久しぶりにハイファイレコードなんかに行ってみたりして、イージーリスニングものを試聴しまくり、Mike Melvoinの「between the two」を買う。この人のレコードはすでに一枚持っていて、こちらはドラムがハル・ブレインでした。ブラスが入った適度に軽快でダイナミックなピアノのイージーリスニングで、Mike Melvoinはピアノとオルガンを弾き分けています(といってもA面はピアノ、B面はオルガンなんだけど)。「98.6」や「Ruby Tuesday」などのカバーが収録されてます。
2004.11.22

「交遊録」−吉田健一−
交友録というと、たとえば早稲田や東大仏文といった出身校、あるいは阿佐ヶ谷、鎌倉といった居住地、同人誌仲間・・・・など、ある特定のサークル内での交友が主なものになってきたりするものだけれど、吉田健一についてはそういうサークルがどうも思い浮かばない。友人は多そうだけれど、どうも“どこにも交わらない”といったイメージがあるのは、単なる私の知識不足に過ぎないのだろう。
ただこの本を読んでみても、そういうサークルと通じて知り合うというよりも、まずその人の著作を読んでいて、しかもそれに感銘を受けているという土台があって、その後、何かきっかけがあって個人的に酒を飲むようになったり、どこかに旅行に行ったりするようになった・・・・というつきあいが多いように思う。

そんな中でちょっと気になるのは、戦前〜戦後にかけて英文学を学ぶ、研究するというのはどういうことだったのか、ということで、当時の作家・批評かといえば、今日出海、小林秀雄、三好達治、中島健蔵なども東大仏文卒とはじめとして、フランス文学を学ぶ、あるいは研究する人が圧倒的に多っかたのではないだろうか。なんて、すみません、単なるイメージだけです。
で、ほんとうは明治維新とイギリスのつながりや、鉄道のこと、日露戦争など歴史的な事項と照らし合わせながら英文学について書いてみようと思ったのだけれど、うまくまとまりそうもなく、かつ適当なことを書きそうなので割愛、そして今日はこれでおしまい。
2004.11.17

「ヴォルフガング・ティルマンス写真集」
Taschen刊行の「Wolfgang Tillmans(1995)」と「Burg(1998)」の2冊を合本にしたお買い得な写真集。しかも2900円。先週、見に行った展覧会で見つけて、せっかくだからタワーブックスで買おうと思ったいたのだ。お得だけれど、表紙もそれほど厚くないし読んでいるうちにぼろぼろになりそうな気もする。

先週末に山口瞳の本を読んでネガティブなことを書いてしまったので、早く次の雑記を書こうと思っていたのだけれど、こういうときに限って今読んでいる本が吉田健一だったりして、なかなか読み終わらない。それから週末はわりと本の更新準備とかしてたりして雑記まで手が回らない、ということもある。冬を前にまたいろいろ部屋の片づけ(=レコード・本・雑誌の処分)もしなきゃけないしね。

そんなわけで土曜日は昼過ぎまで家で、ホコリにまみれてくしゃみを連発しながら部屋の片づけ、のあと、自転車で荻窪に行くというご近所散歩の定番コース。POMATOでひとりお茶してみたりする。ここはなにがいいというわけでもない普通の喫茶店なのだけれど、ひとりのときはなんとなくここに入ってしまう。まぁいつもならそのまま西荻や吉祥寺に出てしまうので、あんまり荻窪でお茶することもないのですが。
ついでに南口の通りにあるル・ジャルダン・ゴロワでカスタードケーキを購入。これまで店の前に人が並んでいるのと値段が高い(キッシュが一切れ500円前後、プリンでも250円)ので敬遠していたのですが、先日初めてキッシュとプリンを買ってみたらものすごくおいしかったので、人が並んでいなくて、そのまま家に帰るというときは、買っておこうと思ってる(そんなときはほとんどないのだけど)。クリームが山のようになったシュークリームを一度食べてみたい。でも自転車だと、途中でぜったい倒れそうなので怖くて買えません・・・・。
2004.11.15

back 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 next
ページトップへ